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学生さんの見た「震災のいまとこれから」
日曜日、東北に震災復興支援ボランティアに行ってきた
学生さんブループ「きっかけバス」の皆さんの活動報告会がありました。
想いがこもってて、
愛媛に住む私たちにとっても示唆に富んだ、いい報告会でした。

「きっかけバス」活動報告会

先月中旬、愛媛県の各大学の有志27人の学生さんが、
被災3県にガレキ撤去、遺骨・遺品収集、傾聴などの復興支援活動に行って、
現地の仮設住宅で暮らす方々、震災語り部の方からも、
沢山の話を聞かせてもらったそうです。

活動報告会のひとコマ

現地に行くことで、テレビでは分からなかった、
3年たっても癒えない震災の爪痕を、
自分事として感じ取って帰ってきて、
多くの人に考えたことを伝えたい。
その想いがよーく分かりました。

現地に行って分かったのは、
「3年たった今でも、支援出来ることは沢山ある」こと。
それだけでなく、彼らは続けて発信します。
「これから来るであろう南海地震の被害を出来るだけ小さくするために、
 自分たちが出来ることをやろう!」
それを聞いて、私もちょっと反省。
大きな話はしていたけど、『非常持ち出し袋』点検してなかったな…

この若い皆さんが、今回の活動をほんとに「きっかけ」にして、
震災時の避難所のリーダーに、
いえいえ、普段から地域のリーダーになってくれることを祈っています。
| 東日本大震災 |
出来る応援を、ながーく
東日本大震災から3年が経ちました。
被災地の皆さんが取り組める仕事を創って応援するPJが、様々進行中です。
創りだされた品物を買うことで、私たちも支援が出来ます。

「食べて応援」の『にこまるプロジェクト』

『にこまるプロジェクト』クッキー

このにこにこ笑顔のクッキーは、
陸前高田市のトレーラーハウスで、チーム7人で手作りされています。
バターたっぷりで、ドライフルーツなどが練ってあって、
材料も気を使っているのが良く分かります。
本当に美味しいです。
<ながえ>の保証付きです。
http://mukago.jp/nicomaru/

「使って応援」の『編みもんだら』

『編みもんだら』エコたわし

毛糸で編んだ魚デザインのエコたわしです。
宮城県の仮設にお住まい、または震災被害を受けられた方々が手編みしてらっしゃいます。
エコたわしも色々ありますが、まずマンボウやイカやイワシや…カラフルで可愛い!
使う時、長いイワシはコップ洗いに、ミトン型で挟めるマンボウはお皿洗いに、
と主婦の知恵が活かされてます。
一個一個に編んだ方のサインが付いてるのもいいですね。
毛糸屋の女房<ながえ>も惚れてます。
http://rqwomen.net/andamondara/

未だ26万人を超える方々が避難所で暮らしてらっしゃって、
復興の道のりの険しさ、長さを思うと胸が痛みます。
それだけに息の長い支援が大事ですね。
食べて応援、使って応援、観光で応援、聴いて応援、忘れない応援…
出来る応援を、ながーくいたしましょう!
| 東日本大震災 |
「復興プランへの提言」
昨日、国土交通部門会議で、寺島実郎さんから「復興プランへの提言」を頂きました。
興味深かったのは、復興のための財源をいかに確保するかで、
昨夜の夕食会でご一緒した、海江田万里経済産業大臣と同じことを話されたのです。

「東日本大震災はこれまで日本が経験したことのない甚大な被害をもたらし、
 その復旧・復興は長期にわたるものになるであろうし、莫大な財源も必要になる。
 同時に、いまだかつてないような支援の輪も広がっている。
 国民皆が、自分の出来ることをしたいと願っている。
 ならば、国民参加型の財源作りが出来ないか、というもので、
 具体的には、無利子国債を発行し買って頂く。
 無利子ではあるが、その分相続税の減免などを講じる。」
というものです。
お二人が全く同じ案を話されたのですが、私も大いに共感しました。
一律に増税と言うより、何より自ら参加するというカタチは納得度も高く、
国民皆で復興を遂げる、という気運を支えてくれると思います。

財源については他にも、復興祈念貨幣を発行するなどの案もあります。
これも参加のカタチであろうかと思います。
どれか一つではなく、組み合わせもあろうかと思います。

また、被災地で多くの若いボランティアの方にお会いしました。
皆さん、人の役に立っている実感を得られた経験に、
目を輝かせて活き活きと働いてらっしゃいました。
財源ではありませんが、若い方には、被災地での復興の仕事を担って頂くなど、
マンパワーで復興を引っ張ってもらうのも、参加型として進めていけたらいいと思います。

これが実現できれば、資産のある方はお金を出すことで、復興を支え、
お金を出すのはしんどいけれど、働くことで復興の役に立ちたいという方には、
現場で直接参加して頂けることになります。
参加する私たちも得るものがある、復興支援になると思います。
| 東日本大震災 |
橋浦・相川・吉浜小学校の皆さんから
「被災地のお友達に友情のランドセルを送ろう!」
の呼びかけにご協力下さった、松山市内の小学校の保護者の皆さん、
どうもありがとうございました。
宮城県石巻市の橋浦小学校、相川小学校、吉浜小学校のお友達から、写真が届きました。
皆さんのランドセルを背負って、元気に学校に通い始めたそうです。
それから、鍵盤ハーモニカ、絵の具などの文房具も、役に立っているそうです。
このお友達の笑顔に、心からのエールと拍手を!
ずっとずっと応援して行きましょうね。

橋浦小学校(2011年5月17日)(PDF)
| 東日本大震災 |
鯉のぼりに込めた願い
5月7・8日、宮城県女川町に避難所の生活環境調査にまいりました。
町役場の機能を移している、町立第二小学校の災害対策本部の隣には、
町のボランティア活動センターがあって、全国からボランティアを受け入れています。

活動状況をお聞きしようと伺った際、
「永江さんじゃないですか」
といきなり声をかけられ、びっくり。
今治市の八木良太さんでした。
愛媛県の社会福祉協議会から、支援に来られていたのです。

ボランティアセンター


女川町には、震災直後から、愛媛社会福祉協議会のスタッフの方が応援に入っていて、
とても頼りにされています。
そしてその皆さんのご尽力で、愛媛の各地から、
女川の皆さんに宛てた応援メッセージや千羽鶴が、
避難所やボランティアセンターに張り出されていました。
「愛媛の皆さんには本当に感謝しているんです。
 沢山励ましてもらって本当にありがとうございます。」
女川の皆さんからの伝言です。

応援メッセージ


山際に建つ第三小学校には、100人ほどの方が生活しています。
責任者である、御前浜区長の阿部さんに話を伺いました。
阿部さんは、銀ザケの養殖業を営んでいて、
地震が起こった時は家に居たものの、津波が来ると思って、
船を守ろうと、海に出ていったそうです。
2km沖合で津波の直角波に遭遇。
物凄い落差を何とか凌いで、一夜を海上で明かして翌日帰ってくると…
港が無い、町が無い、愕然としたそうです。
船の係留場が無くなっていたため、その後の余震と突風に揉まれて、
せっかく津波から体を張って守った船も、壊れてしまったそうです。
「仕事がしたい。
 船も養殖の仕掛けも何も無くなったけど、今更他の仕事は出来んから、
 何とか養殖をもう一度したい。」
銀ジャケ、ホタテ、カキなどの養殖で栄えた女川ですが、
「銀ジャケは何年かかかるけど、ワカメやったら半年で収穫できるから、
 何からでも始めたい・・・」
早く日常を取り戻したいとのお気持ちが、痛いほど伝わってきました。

引き波で、海中にも多くのガレキが埋まっています。
この撤去が急がれます。
そして、船や施設などは公設して、協同組合などのカタチで利用していくなど、
早期の事業再開への道筋は、国が示してしていかなければなりません。

ふと気がつくと、いまだ手つかずのガレキの女川の町に、鯉のぼりが泳いでいました。
いつもの5月のように、ゆうゆうと。
誰かが水産の町の『復興』を願って揚げたのでしょう。
また女川の町が魚で賑わいますように。
早く、豊漁の海を取り戻せますように。

女川の鯉のぼり
| 東日本大震災 |

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