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スマさんと県庁の石段

西予市三瓶町をテクテク訪問活動している時のことです。
パンを買いに入ったお店で、お店番のおばあちゃんが
五つ玉のソロバンを使ってらっしゃるのを発見。

「うちの父も五つ玉でした〜」と懐かしくて お声をかけると
「私は暗算が得意じゃけん、五つ玉もそうは使わんのよ。」
「へ〜 スゴイですね。母さんはおいつですか〜?」
「96歳」
「!!!」

御年96歳の今も現役お店番の佐藤スマさん。

ついでに
「昭和20年8月15日は、どこにおられましたか?」と訊くと
「ビルマにおったよ。」
「!!!」



日赤の看護師として、ビルマで終戦を迎えたそうです。
その日から敗走の日々が始まりました。

およそ一年がかりで、日本に帰る船に乗りに
「富士山が見えるぞ〜」の声に、デッキに上がって
遠くに見えた富士山の美しさは 今も忘れられないそうです。

そこからまた故郷めざして過酷な旅をつづけ
ようやくたどり着いた松山駅は、
焼け野原の中にプラットフォームがあるだけ。
松山駅から愛媛県庁が見えたそうです。

雨露凌げる建物が県庁だけだったので、
県庁の石の階段 一段ごと一人 寝たそうです。

今も松山に行く用があると、
県庁の石段を見に行くそうです。

「何とか帰り着いて、ここで寝たんやなぁ・・・」と。

「戦争はこりごり。戦争はしたらいかん。
 たとえ勝つ戦争でも、戦争はいかん。」

スマさんはきっぱりとした口調で繰り返されました。
| ながえの発見 |

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